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大阪地方裁判所 昭和44年(わ)2247号 決定

被告人 提金次

主文

検察官が別紙第一ないし第三記載の各証拠についてなした証拠調の請求は、これを却下する。

理由

検察官は、別紙第一ないし第三記載の各証拠について証拠調の請求をなし、別紙第一のビデオテープは、被告人提金次が川田吉夫巡査に暴行を加えその公務の執行を妨害した事実を読売テレビニユースで放映したものをビデオテープに収録したものであつて、これによつて同被告人の各公務執行妨害の事実(公訴事実第一および第二)を立証すると主張する。そして、証人矢儀昭人の当公判廷における供述によれば、右ビデオテープは、昭和四四年六月一五日午後七時五六分より午後八時までの間、読売テレビ局より放映されたテレビニユースの映像を磯気録画装置により正確に録画したものである事実を認めることができるが、右ビデオテープは、いわば右テレビニユースの映像すなわちその放映に使用されたテレビフイルムの写しであるから、右ビデオテープの証拠能力を肯定するためには、原テレビフイルムの証拠能力が肯定されなければならないことはいうまでもない。

ところで、かように犯罪行為を撮影したとされているテレビフイルムの証拠能力については、刑訴法に直接の規定がないので、その証拠としての性質を検討し、関係規定の趣旨に照らして、その証拠能力の要件を定めなければならない。テレビフイルムの作成過程のうち、レンズによる結像、フイルムの感光、その現像等の光学的化学的過程は、高度の科学的正確性を備え、もとより人の供述過程ではなく、かような光学的化学的過程そのものについての反対尋問のあり得ないことは勿論である。しかし、その作成過程を全体としてみれば、撮影者により観察された事象の再現、報告という性質を有し、必ず撮影者の価値判断にもとづく被写体の選択および撮影条件の設定ならびに編集者の取捨選択にもとづく編集等の過程を伴ない、光学的化学的過程の高度の科学的正確性にもとづく事実再現の正確性もこれらの撮影編集過程の如何に依存し、撮影条件の如何により、あるいは撮影者編集者の主観的意図の介在等により、事実を正確に再現し得なくなる危険の存在することが明らかである。かようにテレビフイルムの作成過程は、それに含まれる光学的化学的過程の高度の正確性にもかかわらず、一面において目撃証人の供述と極めて類似した性質を有し、撮影者編集者に対する反対尋問による吟味の必要性を否定することができない。光学的化学的過程の高度の科学的正確性のみに着目し、かようなテレビフイルムの作成過程を単なる非供述過程と解し、要証事実との関連性の立証のみで証拠能力を肯定しようとする見解は、前記のごとき危険性を軽視し、作成者に対する反対尋問の重要性を看過した見解であるというほかない。しかしながら、テレビフイルム作成の光学的科学的過程の高度の科学的正確性に注目すれば、かようなテレビフイルムを刑訴法三二一条一項三号の書面に準ずるものと解するのは相当でなく、同法三二一条三項を類推適用し、同法三二六条一項による証拠とすることの同意のない限り、撮影者および編集者が公判廷において証人として尋問を受け、撮影および編集の過程について供述したときに限つて証拠能力を認めるべきものであると解する。また、テレビフイルムは、事件と関係のない中立的第三者である報道機関に所属する撮影者編集者が報道の目的で作成したものであるけれども、前記のごとき危険性と反対尋問の必要性の存在を否定すべき理由はなく、この場合に例外を認めるのは相当でない。

本件において、検察官は、右ビデオテープおよび原テレビフイルムを単なる非供述証拠と解し、右ビデオテープの一コマの複製写真と現場での押収物件その他の証拠とを対比し、右ビデオテープに録画されている場面が、公訴事実第二の犯行場面であることを立証する等の方法により、要証事実との関連性を明らかにしようとしただけで、原テレビフイルムの撮影者編集者の証人尋問を請求しない。そこで、当裁判所は、職権で、読売テレビ放送株式会社に対し、右テレビフイルムの撮影者および編集者の氏名等を照会したが、その氏名その他これを特定するに足りる事項を明らかにすることができず、従つて右テレビフイルムの撮影者および編集者を証人として尋問し得ないので、右ビデオテープを刑訴法三二一条三項によつて、証拠として採用するに由なく(撮影者編集者不明であるから同法三二一条一項三号準用の余地もない)、他にその証拠能力を認めるべき根拠はない。

別紙第二の証拠は、別紙第一のビデオテープの一部の複製写真およびその複製経過の報告書であるから、右ビデオテープの証拠能力が否定される以上、その証拠能力を否定しなければならない。

別紙第三の各証拠は、別紙第一および第二の各証拠について、要証事実との関連性を立証しようとする証拠であるから、別紙第一および第二の各証拠について前記の理由によりその証拠能力を否定する以上、証拠としての必要性がないことが明らかである。

よつて、別紙第一ないし第三記載の各証拠についての検察官の証拠調の請求は、すべてこれを却下することとして主文のとおり決定する。

別紙

第一

一 ビデオテープ一巻(ただし、読売テレビ昭和四四年六月一五日午後七時五六分より午後八時まで放映分。昭和四四年検領二五二九号符号四七号)

第二

一 伊勢猪一郎作成の昭和四四年六月一七日付「6・15デモに伴う公務執行妨害事件関係のテレビニユース放映画面の写真複製について」と題する書面(写真三葉添付)

第三

一 岩本征人作成の昭和四四年六月二八日付捜査報告書(写真添付)

一 山下滋之作成の昭和四七年四月二二日付捜査報告書(写真添付)

一 伊藤猪一郎作成の昭和四七年四月二〇日付捜査報告書(写真添付)

一 証人後藤田登

一 ジヤンパー一枚(昭和四四年検領二八八八号符号一号)

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